2007年11月 3日 (土)

大連立政権~自民党と小沢一郎~

自民党の福田総理が民主党の小沢代表に連立要請をした。結局、民主党が要請を断りこの話題は一段落する。もし実現していたならば、衆議院・参議院における与党議席は8割を優に超えることになっていた。その状況をマスコミ・政治家は戦前の大政翼賛会的な状況であると捉え、非常に危惧していた。

もし民主党が受けて、大連立が成立していたとして、「大政翼賛会」的な脅威を感じる必要はあるのだろうかね。ぼくが鈍感なのだからかもしれないが、戦前を彷彿させるような感覚は全く受けない。どうせ、すぐに崩壊するのだろうから。世論にこれほど動かされる今の政界にたとえ大連立が成立したとしても、独裁的な動きを取れるような政治家はいないような気がするんだよねえ。領収書を1円からにするかしないか、で大いにもめるような人たちだから。

小沢一郎の政権への飽くなき執念が感じられる。参院選の時もそうだったが、政治生命をかけての積極的な行動がここまでプラスにでてきた。ここにきて、短慮にすぎたか?小沢一郎。でも、老獪小沢一郎のことだ。もし、連立政権話を党に持ち帰っても受け付けられないことは百も承知のはず。実はまだ想定の範囲内だったということも十分考えらるね。今後どのように展開するのか楽しみだ。

まあまあ、政治については音痴なぼく。でも、政治家に望むものは明確だ。「明日の暮らしが今日の暮らしより良くなるようにしてほしい。」ただそれだけ。賄賂とか、領収書とかどうでもいいんだ。ぼくの政治家に望む唯一の要望さえかなえてくれれば、そんなものは気にしないのだから。年収だって、1億でも2億でもいいよ。その代り、要望を叶えてくれ。ただ、それだけなんだ。今のところ、ぼくはとくに生活に不便を感じていない。だから、賄賂とか領収書とか問題があっても、今いちピンときていないんだろうね。それよりも、今日を一生懸命生きることで精一杯なぼくだから。

もし、今の「ねじれ国会」のせいで、話が前に進まないのであれば、大連立を組んでもいいと思う・・・もうちょっと、ぼく自身、この問題深く考えないといけないかな?

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日本シリーズ2007~落合監督の判断~

今年の日本シリーズは中日の53年ぶりの優勝で幕を閉じた。それにしても、落合監督はすごい優れた監督だと思う。それは結果を見れば歴然である。3年間でリーグ優勝2回、2位2回。そして、今年日本1に。ホントすごいなあ。

日本1にケチがついている。完全試合目前の山井の交代。はあ、判断が分かれるところだ。山井本人にしてみれば、絶対に二度と廻ってこないチャンス。日本シリーズ、それも日本1を決めるその試合での、まさかの好投。野球漫画でも用意できないようなストーリーを作り上げた。「高橋陽一でも用意しないだろう」と思うようなストーリーだ。過去にも同様の気持ちを抱いた。それは、1998年夏の甲子園。そう松坂大輔の決勝ノーヒットノーランだ。あの時の横浜高校は神がかり的なところがあり、松坂のための甲子園という空気もあった。けど、山井は違っていた。だれもが考えもしないような舞台を自ら作り上げた。本人もこんなことになるとは、露にも思っていなかっただろう。ぼくが本人であれば、「試合を潰しても良い。最後まで投げたい。」というのが本当の気持ち。だって、あんな条件が揃うのは奇跡としか言えないから。結果、ああいうことになったけど、どんなに気持ちの整理をしようとしても、できるものではないと思う。でも、落合監督に対する不信感に繋がるものなのかといわれれば、それも違うだろう。だからこその葛藤なんだ。

落合監督にしても、「53年ぶりの日本一」、「しかもホームで」という思いは強いはず。実現するためには、この試合しかないという思いも当然だ。山井の予想以上の好投には、落合監督もびっくり。9回での交代は、苦渋の決断だろう。野球にたらればはない。予想として、勝つための可能性比較として、どちらの判断が適切だろうと考えた場合の岩瀬投入は妥当な決断だと思う。いや、理屈で考えれば当たり前なんだろうね。でも、落合も人の子。まして、優勝したらしたで、涙もろいところも見せる。2位に負けた時は、丸刈りにするくらいの人だ。心が痛んでいると思うよ。そう思うのも当然。でも、落合が「あの時、山井の交代を迷っていた」みたいな発言をしたら、それこそ山井が浮かばれない。

今回の件は一生山井の心に付きまとうだろう。でも、絶対できない心の整理を、すこしでも楽にするためには、落合の冷徹さに頼るしかないのだろうね。そう、落合は勝つために冷徹で、理に叶う判断をする人なんだと。また、落合自身もそれをわかっているからこそ、絶対に迷いを外には見せないだろう。このように考えると、落合の冷徹さはやさしさとも言える。

皮肉なもんだ。まあ、やさしいか冷徹かは、他人が感じるものではないのかもしれない。当人同士がどのように感じ合うかなんだろうね。

2007年の日本シリーズ第5戦。歴史に残ることには間違いない。

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2007年4月10日 (火)

最近・・・

最近、だれてきている。ブログの更新も滞っている。少々憂鬱な自分である。その原因は、将来のことにつきるのだろうか。今のぼくは毎日酒を飲み、安穏と暮らしているような気がする。そういう意味で、プロフィールに見る目標は達成されているような気さえする。しかし、幸せを感じるよりも、将来への不安に襲われるほうが大きい。まあ、馬券が最近当らないというのも大きなファクターなんだろうけど、生活が不安定というのが大きい。安定した収入の確保の重要性が如何に重要かを今更ながら実感するのである。ぼくの年齢を考えても、そろそろ結婚という歳だ。でも、相手もいない、まして今の自分には魅力を感じない。自分自身魅力を感じないのだから、況や他人をや!という感じである。この生活を選んだ時、上記不安より開放されるべく選んだ道だったはずなのだ。めぐりめぐって、再度その不安に駆られる。初志貫徹とは難しい、と実感する今日この頃である。。。

ちょっと、愚痴ってしまいました、ははは。

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2007年3月14日 (水)

卒業シーズン1・・・

の3月は卒業シーズンだ。卒業とは、別れ、旅立ち、集大成等々、各々異なる印象をもっているであろう。また、これらの印象が同居しているのも当然である。ぼくにとっての「卒業」ってどうだったのだろうか?

「ん?なぜ過去形?」

卒業っていってもいろいろな「卒業」があると思う。①学校を卒業する、②ゲームを卒業する、③わがままな自分からの卒業、④しがらみからの卒業、そして⑤過去の恋からの卒業・・・

「いろいろあるね・・・」

①~⑤から共通して受ける印象は、「いままでの自分からの前向きな脱却」ってところだろうか?うーん、うまくまとまらぬ。ただ、ぼくがそうであったように、今日取り扱う卒業は、学校の卒業にしたい。幼稚園・小・中・高・大と様々な学校を卒業してきた。幼稚園・小学校までは、学校自体楽しかったから、卒業することが嫌だった。住み慣れた集団から出ることが嫌で嫌でたまらなかった。そのときのぼくにとっては、卒業は、見知らぬ集団への突入を否応なく強制するものでしかなかった。本当に嫌だったね。そんないっても、気持ちの新鮮さがあったのも事実。新たな集団生活に何が待ち受けているのだろう?新しい友達?親友と呼べるヤツと出会えるのか?かわいい子はいるのかな?なんて様々な思惑を抱いていた。大きい不安とそれに劣らぬ期待、そんな気持ちが同居し落ち着かなくなるのが、春休みの醍醐味なのだろうか。そう、クラス替えの大バージョンみたいな感じだ!!ところでその頃流行っていた歌ってなんだっけ?

小学校卒業くらいの時期に流行っていた歌はと・・・

ふむふむ「ラブストーリーは突然に」(あ~『東京ラブストーリー』ね。鈴木保奈美が可愛かったなあ。やっぱり女の子はぶりっ子でないと、と思いました)、「SAY YES」(あ~『101回目のプロポーズ』。武田鉄矢と江口洋介のバカ兄弟っぷりが笑えました。あとね、この二人とも坂本竜馬演じたことあります。)、「あなたに会えてよかった」(キョンキョン。この歌本当に心に残るメロディーだね。卒業シーズンにはもってこいの歌じゃないかあ。)、その他、「浪漫飛行」に、「どんな時も」、「PIECE OF MY WISH」。どれも心に残る名曲だね。

中学校時代は、実はそんなに楽しくなかったな。ぼく自身、神経質で、他人の目を気にしすぎたところがあり、そのくせ生意気で、負けん気も強かった。まあ、誰もが通る道だね。「反抗期」ってやつです。といっても、ぼくは不良ではなかった。優等生だったね。まさに、親に対しての「反抗期」であって、ソトメからは順調にそだったように見えたんじゃないかな。でも、本当に嫌だった。毎日が。学校で友達に会うのも嫌だし、気を使うのも嫌だし、嫌われるのも嫌だったし・・・。そのときの身についたのが、とりあえず笑っとけ!、とか、気づかぬふり、気づかぬふり。そんなのにナーバスになる自分が嫌だったから、早く卒業したいと本気で思った。まさに、中学校卒業は、「いままでの自分からの脱却」を本当に望んでいたと言えるのだろう。ただ、前向きなのかどうかはわからない。ただ、中学校時代に自分を苦しめてきた思いをリセットするには、絶好の機会になることには変わりはない・・・。そんな、今考えてもムダに?(もっと気楽に行けばいいのに、と今だから言えるんだけど)そして真剣に生活していたぼくがよく耳にした曲ってなんだろう?

「イノセントワールド」に、「tomorrow never knows」(ミスチル全盛ですなあ。確かにすばらしい曲です。当時のぼくは、歌詞にはまっていました)、「負けないで」(ZARD。名曲だよねえ。なんて、励まされる歌なんだろうと思いました。当時のウィンターソングといえば、広瀬香美がダントツだったけど、なにげにぼくはゲレンデでZARDが流れると、いい気持ちになっていたものです)、「世界中の誰よりきっと」(中山美穂かわいいいねえ。WANDSはなぜ?)、「世界が終わるまでは・・・」(WANDS。これは名曲ね。スラムダンクとともに流行りました。今でもぼくの人生に影響を与えています。タイトルの末尾が、・・・で終わっているところは、ぼくもこの曲から影響をうけています・・・ホントか?)

ふーむ、振り返るとその時代、その時代を彩る名曲とセットになって、懐かしい光景が脳裏をよぎる。たまには、良いのかもね。

寝酒と思いつつ、ついつい深酒してしまいつつ振り返る過去は、最高の肴だね。なーんて、思ってます・・・。

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