2007年11月 5日 (月)

幕末維新の暗号

「幕末維新の暗号」を読んだ。昔から、幕末・維新ものは好きだった。とはいっても、近年はとうざかっていたから、何がおもしろいのかどうかさっぱり。

なにげなく、本屋に入り、「あれこの写真見たことあるぞ?」。フルベッキ写真とか群像写真とかいったっけ?とにかく、写真に納まっている人たちがものすごい面々である。西郷隆盛に高杉晋作、大久保利通に桂小五郎と。おまけに勝海舟まで写っているというのだから、そりゃびっくり!!たしか5年くらい前にこの写真みたことあるな。どれどれ、本になっているなら、いっちょ買ってみるか、と思い購入しました。

幕末 維新の暗号 Book 幕末 維新の暗号

著者:加治 将一
販売元:祥伝社
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読んでみると、すごい話。どうやら、この人が以前だした「あやつられた龍馬」の半続編的な感じもするが、当然、この本だけでも楽しめる。(僕自身そうだからね)「フルベッキ写真」の謎を解くため、東奔西走するって話だね、一言で言うと。ただ、その謎がまた、すごい。明治天皇は明治天皇なんじゃなかったの?大室寅之祐って誰だよ?まあ、現実的には到底考えられない話ではないけど、眉唾として切り捨てることのできない論の周到さは感じられた。この本を読み始めるに際し、この写真はなんなんだろうね?って気持ちで読み始めたのに、最後はちょっと背筋が凍りました。「まっそんなことはないだろう!と言いつつも実際は・・・」なんておもってしまいます。

そもそも、明治天皇=大室寅之祐説は『裏切られた三人の天皇-明治維新の謎』鹿島曻さんがかなり実証的に証明しているらしい。いずれ読んでみたいね。繰り返すが、感覚として眉唾ではないような気がする。万一、真実であれば、ものすごいことだよね。誰か証明してほしいよお。

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2007年2月25日 (日)

ドラマの功罪3・・・

「ドラマの功罪シリーズ」です・・・というか、思い出話に花を咲かせています。いずれラストはドラマの功罪についての私見を語ることができたらなあ、と思います。そんなものが、果たしてぼくにあるのかどうか甚だ疑問だけども。あと、競馬の予想もしないとね。明日は、「中山記念」に「阪急杯」。まだ、予想中だ。

さて、今日は『野望の国』を取上げてみよう。といっても、このドラマ知っている人はごくわずかであろう。ぼく自身記憶の片隅にあるドラマの片鱗をつなぎ合わせて、調べながらやっとこの『野望の国』というドラマにたどり着いたのだから。

野望の国:1989年日本テレビ

キャスト:近藤真彦、沢口靖子、陣内孝則、香川照之、勝野洋

いろいろ調べてみると、この作品は当時日テレが相当力を入れていたらしいが、大コケをしたドラマであることが判明した。このドラマは3部構成になっており、第1部がマッチが主演、第2部がマッチの子役として沢口靖子が主演、第3部は、その子かもしくは孫役でマッチが主演するというもの。ん!?なんか、最近こんな作品あったなあ。そう!「百年の物語」である。あれは嵌ったなあ。とりあえず、おいておこう。このドラマの情報は今ほとんど残っていない。よって、ぼくの記憶からこのドラマを掘り起こす。とはいっても、ぼくもリアルタイムでしか見たことが無い。(しかも、小学低学年の時)どれほど可能かわからないがやってみよう。

第1部は幕末を舞台とする。主役である近藤真彦は、諸国行脚の中途で、高杉晋作(陣内孝則)と交流を深める。また、番組後半では、坂本龍馬との交流、亀山社中立上げの人として知られる、饅頭屋長次郎こと、近藤長次郎(香川照之)と行動をともにする。思えば、ぼくが香川照之という役者と出会ったのは、この番組がはじめてである。とは言っても、当時はあくまで長次郎であり、香川照之という存在は知らなかった。後年、「利家とまつ」で秀吉役で好演した香川照之を見たとき、少しだけ本ドラマの存在を思い出した。

「秀吉はひょっとして長次郎!?」

近藤長次郎は非常に勉強熱心であったが、後に社中の規則に違反したため切腹させられる。このシーンも本番組では重要シーンとして取上げられる。その時の、香川照之の演技は涙を誘うもの。うますぎる。近藤長次郎という人物は、フジテレビのドラマ、ダウンタウンの浜ちゃん主演、三谷幸喜脚本『龍馬におまかせ』でも登場している。

「まんじゅうや~」

といつも、龍馬から叫ばれつつも、うろちょろしていた人物だ。役者はグレチキの北原雅樹である。それはそれとして・・・。第一部での見所は、近藤長次郎の切腹シーンと、維新の動乱期の江藤新平(勝野洋)との出会いである。当時、江藤新平は政府の用人であり、しかもかなり政府の枢要にいた人。こんな人とも交わりがあったマッチは、かなり商人として成功していたのだろうか?(残念ながら、主役マッチの身分がよく分らない。志士ではなかったような気がするので、新政府と交わりのある商人役だったのだろうか・・・)江藤新平と言えば、後に征韓論争に破れ、下野し、佐賀の乱を起こして、刑死する人物である。新平とマッチのであった時期は、ちょうど征韓論争の時期だったと記憶している。征韓論争に敗れた新平は、にっちもさっちも行かない状況になったが、そこでマッチとのやり取りを通して、ある結論に達している。

「逃げれるところまで逃げてやる・・・」

この台詞は今でも、ぼくの心に刻まれている。そうだ。なにも体面を気にしている場合ではない。自分の信念があるならば、小さなプライドなどに捉われてはいけない。「臥薪嘗胆」にも近い。少年であったぼくではあったが、当時この台詞にシビれた。勝野の江藤新平というのもフィットしていた。そして、原因は忘れたが、マッチはその後、非業の死を遂げる。斬り合いで死んだような気がする。一人娘を残して・・・・

第2部、主演は沢口靖子。時代は明治30年代かな。日露戦争前夜である。主要出演者は光GENJIの内海光司。彼と沢口靖子の関係はよく分らない。ただ、沢口が柔道の使い手で、内海はその門下生なのかな。平和な日々が続きつつも、日露対立が深刻化していく中で、状況が変化していく。そして、内海も出生することになる。彼は、日露戦争最大の激戦地であった203高地に赴く。そして、激戦の末、頂上に旗を立てて息絶える。このシーンは子供心にも恐ろしいシーンとして記憶に残っている。思えば、この203高地の戦いは、機関銃が本格的に戦争に使用された世界最初として記録されているのかな。後の大量虐殺の戦争イメージのまさに草分的位置づけにある戦争だと思う。無謀の突撃作戦。容赦ないロシア軍の機関銃の乱射。後に仲代達也主演の『203高地』を見たが、その夜は眠れなかった。やはり、203高地の戦闘はすさまじいものだったのね。第2部のエンディングはどうであったのか覚えていない。

第3部。主演はマッチ。全2話である。時代は昭和前期だったように思う。満州へ移住するところがラストシーン。最後にテロップでマッチが太平洋戦争で戦死することが紹介され、終わる。それ以外の記憶はない。

総じて思うと、確かに回を重ねるにつれて明らかに尻すぼみしていくのは確かである。視聴率低かったんだね。ぼくとしては、レンタルビデオ化されてほしい。そうでなくとも、DVD化されたら、絶対に購入する。また見てみたいものである。日テレはこの時期、幕末ものに力を入れていたような気がする。86年「白虎隊」、87年「田原坂」、88年「五稜郭」、89年「奇兵隊」、90年「勝海舟」と、毎年年末に放送していた。89年の「奇兵隊」は主役は高杉晋作。思えば、この番組との関連性もあったのであろうか。ちなみに主演はマツケンサンバこと、松平健。かっこよかったねええ。

こういう、在野の人物(実在したかもどうかもわからない人物であるが)を素材に、歴史上の重要人物に交わるシーンを多用するドラマはおもしろいね。歴史上の大きな事件を民衆の視点から捉えるということを可能にする。その点が面白い。共通する点として、山田風太郎の「明治もの」の小説を上げる。ぼくは、まだ未読であるが、以前NHKで山田風太郎なんとか、というドラマがやっていた。まさに、有名な事件との係わり合いを日常の中に求めるものとして、非常に面白い。今後ぼくが読んでみたい小説を上げておく。

警視庁草紙〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈1〉 Book 警視庁草紙〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈1〉

著者:山田 風太郎
販売元:筑摩書房
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警視庁草紙〈下〉―山田風太郎明治小説全集〈2〉 Book 警視庁草紙〈下〉―山田風太郎明治小説全集〈2〉

著者:山田 風太郎
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

かな?おもしろいと思う。ドラマの記憶を辿ると、榎本加奈子演じる「なんとか」という女性が、ある事件にまきこまれるのだが、東京の村医者(この人が主役ね)に救われる。その後、榎本加奈子は熊本の県令の囲い者になるのだが、不運にも神風連の乱が起こり、県庁が襲撃され、県令は死去、囲い者の榎本加奈子が逃亡する。その時に残した言葉、

「ダンナイケナイ、ワタシハテキズ」

が流行語になるというもの。

このような、連続性、関連性の描き方が、山田風太郎は絶妙なのである。いづれ読みたい。そのときには、感想も残したいな。

と・・・もうドラマの功罪どころか、記憶の曖昧なドラマを曖昧なまま紹介するに留まってしまった。でも、『野望の国』は非常に面白い作品ですよ。本気でまた見てみたい!!

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2007年2月20日 (火)

幕末・維新

最近、友人より

「幕末好きなら面白い本があるよ」

と紹介された。その本は、

幕末・維新―シリーズ日本近現代史〈1〉 Book 幕末・維新―シリーズ日本近現代史〈1〉

著者:井上 勝生
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

読んでみた。

今まで、描いていた幕末維新のイメージが一気に崩されたような気がする。江戸幕府の外交能力の見直し、薩長の専断、幕末民衆社会の見直し、外圧イメージの払拭、等従来の幕末維新期を180度覆すものだった。また、下田民衆とペリー外交使節団の異文化交流にも驚いた。異国人に対して、民衆は「嫌悪と警戒」・「虚勢と恐怖」を抱いていたとした上での議論である。例外なく、ぼくもそのようなイメージを漠然ながら、持っていた。だから、下田民衆の異文化交流には、

「へー、日本人もやるじゃん」

と思った。でも、著者は、この一事を取上げて、「しかし江戸後期の人々は、そのような劣等意識(従来の「嫌悪と警戒」のイメージ)とは無縁であった。」(101頁)と述べる。ぼくは、そうは思えないなあ。だって、ぼくは現在の民衆と言えるが、例えば北朝鮮に対して、酒飲みの席で話す際も、意見は賛否両論である。

①「北朝鮮なんか、攻め滅ぼすべきだ」

②「武力はいけない。それでは、第二次大戦の再来だ」

③「全く興味なし。そんなことより、明日の自分の生活だ」

等、様々である。民衆てのは、上記のように画一的に捉えられるものではないと思う。当時だって一緒だ。①~③の意見はあったろうし、その強弱も人それぞれだ。それは、当たり前のことだと思う。著者も含め、従来の民衆像を画一的に捉える見方には疑問を呈する。ただ、ぼくの考えることなんて、研究者は百も承知のはず。その上での議論だと思う。だとすれば、画一的に捉える手法が間違っているのではないか。①~③に潜む共通項を見出す必要があるのだろう。ぼくなんて、常に考える前提が「日々の生活」である。これが、成り立たなければ外国に逃げるよ。その意味で、③タイプである。でも、①、②の前提はなんだろう。やはり「日々の生活」なんじゃないかな。どうだろう?「日々の生活」を犯してまで、何かをやろうという志ってあるのかな。あくまで民衆論の話だけど・・・

ふーん、難しい問題だ。

ともあれ、この本は、江戸幕府の見直し(プラスイメージ)、維新政府の専断さ(マイナスイメージ)を全面に押し出したものだと考える。従来の幕末維新のイメージが180度転換することは間違いない。

必読です。

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2007年2月19日 (月)

他人を見下す若者たち

フェブラリーステークスは、サンライズバッカス、ブルーコンコルドのワイド、コンコルドの複勝を的中。ブルーコンコルドの1着を予想していただけに、結果には不満は残るが、とりあえず収支はプラス。これが次への勝負に繋がるのだから、うれしいよ。次回は単勝を当てたいね。とは言っても、一番の落胆は、実は上記二頭に好きな馬、カフェオリンポスを含めた3連複を買っていたんだ。4着まで来ている分、純粋に残念だったね。ブービー人気だったとのことだから、万一3着になっていたら、いくらついたことか・・・

そんなことを言ってもしょうがない。たまたまである。たまたま、ぼくがカフェオリンポスのことが好きだったから、夢体験が出来たに過ぎない。来週も夢を見ずに現実馬券で勝負をいしたい。

さて、今日は本の紹介をしたい。

他人を見下す若者たち 他人を見下す若者たち

著者:速水 敏彦
販売元:講談社
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と言っても、書評を書けるような教養は持ち合わせていない。ぼくは、時間をもてあましている。今まで避けていた読書をしたいと思う。その動機づけということから、読んだ本を紹介していきたいと思う。

著者の速水敏彦さんは、現在、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授ということだ。読んでみて、わかりやすく叙述されているので読みやすかった。内容も面白かったと思う。もともと、ぼくはこの分野について、考えたこと全く無かったから、

「ふーーん、なるほどね」

と思った。何でも人間の性質は4分類出来るとの事。(これもまた、試み段階なので、定説ではなく、著者の挑戦的試みと言えるのかな)他人を軽視することより自己を有能と感じてしまう感覚(仮想的有能感)と、自分は優れているのだ、と自信を持てる感覚(自尊感情)と、それぞれの有無の組み合わせで4通りあるという。仮想的有能感、自尊感情両方とも持ち合わせる人を「全能型」、仮想的有能感はあるが、自尊感情のない人を、「仮想型」、仮想的有能感はないが、自尊感情がある人を、「自尊型」、仮想的有能感、自尊感情いづれも無い人を、「萎縮型」と区分する。そして、人間の性質であるべき姿は、「自尊型」であると著者は考えているようだ。(明示されてないが、昨今問題となっている仮想的有能感の蔓延りにたいする対応策、防止策、の行き着く先が「自尊型」だったので、そう判断した。)

ふーん、この分類にぼくを当てはめると、間違いなく「萎縮型」だ。自分にも自信ないし、身近な人の振る舞い等見ていると、

「すごい・・・どうして、そんなに堂々できるんだ?」

と感心させられる。では、常日頃から、ぼくが心がけていることはなにか?

「自分をそこまで卑下するな」

「自分にも良いところはあるよ」

「今までの自分を信じろ、受験もがんばってきたじゃないか」

とまあ、本書で言う「自尊感情」を持つことを意識しているのかもしれない。となると、ぼくのありたいと思っている人間の性質は、「自尊型」ということになる。

「なるほど・・・」

このように、現在の自分を見つめなおすのに、非情にためになる本だと思う。また、今後漠然としたありたい自分ってあると思うけど、それを文章にしてくれているから、漠然とした将来のあるべき姿が、より明確になってくるんじゃないかな、なんて思っています。その他、現在の若者は「仮想的有能感」が高くなってきていること、その原因は集団主義から個人主義への動向、IT、メディアの普及、笑いの傾向変化等、多面的な観点より、若者の性質に警鐘を鳴らしている。ぼく自身、未だ若者であると思っているが、良くも悪くも本書で指摘している項目に当てはまってしまう。

「そんなこと無いだろう。間違っているわ・・・」

と思いつつ、読み進めているけど、

「うーん、こりゃ反省しないとな・・・」

という気持ちになってしまう。

面白いので、読んでみてくださいな。

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2007年2月12日 (月)

アフィリエイト・・・

 今日は、結構良い予想ができたとおもう。キクノアローは的中。ダイヤモンドステークスもエリモエクスパイアはもう一歩だったが、複勝300円ついたし。収支はプラスでした。チェストウィングは、まだ復調していないのか?それとも、力が足りなかったのか?難しいところだ・・・。なんと言っても、きさらぎ賞を買わなかったことが大きかったかな?結果は、結構ついたけど、正直レース前は、オーシャンエイプスを抜きにした馬券を買う勇気はなかったなあ。だから、買わないで我慢した自分を褒めてあげたい。

今日は書籍を紹介したい。目的は、いくつかある。1つめは、自分が今まで読んできた本の内容を整理すること。2つは、これから読むであろう本も目的意識を持って読んでいくきっかけになること。3つめは、アフィリエイトってものをやってみたいこと。である。

今回紹介する書籍は、

青雲はるかに〈上〉 Book 青雲はるかに〈上〉

著者:宮城谷 昌光
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

青雲はるかに〈下〉 Book 青雲はるかに〈下〉

著者:宮城谷 昌光
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 宮城谷昌光作品である。この人は、中国の春秋戦国時代から、三国時代、はたまた日本の戦国時代も幅広く扱う、歴史小説家である、とぼくは思っている。紹介する書籍の主人公は戦国時代(中国古代の)の秦の名宰相として有名な「范雎」だ。2000年発行。范雎は、もともと魏の国に仕えていたが、あらぬ容疑をかけられ極刑をくらう。魏への復讐を心に秘め、秦に仕官。宰相として抜擢され、見事魏への復讐を果たす、ということしか知らなかった。冒頭、浪人中だった范雎が聞いた言葉、「近道ですよ」から始まり、最後のシーン、秦の宰相として魏への復讐を達成した范雎が言う。「わしがなにゆえ丘を越えようとしたのか。それは、野人に近道だとおしえられたからだ。はは、近道どころか、ずいぶん遠い道となった」。この物語は、范雎が冒頭で「近道」を選ばなければ、なにも話が始まらなかったのである。人生とは、選択の連続である。この物語は、その命題を最初に突きつけるのだ。(読んでる時は、何も気づかなかったけど・・・)

 ぼくが宮城谷作品で最初に読んだ作品。率直に「おもしろいな」と思った。また、「范雎のように生きたいな」って本当に思った。才覚を頼りに生きてきた范雎が、終生の友鄭安平に出会い、徳、人としての器量の大事さを学ぶ。そして、ぼくも学んだ。ぼく自身、臆病者で、調子に乗りやすく、感情の起伏も激しい。忍耐力もない(時間があれば、自信のない馬券もすぐに購入してしまう等・・・)そう。范雎は、ぼくにとっての生き方の先生となった。日々の生活の中で、おこがましいがことであるが范雎と比較し、「ぼくは小さい人間だな」なんて思ってみたりする。人生の生き方の目標を持てることは幸せなことだ。范雎、と出会えたことは本当に運が良かったです。そういえば、昔Z会の速読英会話必修編で「古典を読む」って英文があった。その中で、「モンテーニュやバルザック、あるいはプルーストとの親交は、人の生涯を十分豊かにしてくれるだろう」という記述があった。宮城谷作品は古典ではないが、ぼくにとっては、そのような存在である。

 その他、宮城谷作品には尊敬すべき人物が満載です。本の紹介にはなっていないが、ぜひぜひ読んでみてください。後悔はしないと思いますよ。

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